Vol.
182
シェフブランドとホテルブランド
アメリカ、特にニューヨークには有名なセレブシェフが多くいる。アメリカ国内外からニューヨークへ来る旅行者の多くは、そうしたシェフの店を調べ予約を入れて来る。企業が接待に使う場合も、セレブシェフの店を使うことで、ホスピタリティーを感じてもらおうとする。店によっては2週間先まで予約がとれないなどというところも数多くある。
一方、ホテルが経営しているレストランで、予約が取れないレストランは無いと断言してもいいほど無い。折角、ニューヨークで食べるのだから、有名シェフのレストランで食べてみたいという気持ちは誰しもが持つ。どれほど一流ブランドであろうと、ホテル内のレストランで食べたいとは思わない。結局、レストランにおいて、ホテルブランドはシェフブランドに勝ることはできない。
方や、日本に行くと、一流ホテルが運営しているレストランといえば、それなりのリピュテーションがあり、多くの人々は憧れの気持ちを抱いている。それは、アメリカのホテルとは全く違った価値観。だが、30年前を見てみれば、アメリカでも、一流ホテルのレストランは現在の日本と同じ価値観があった。プラザホテル内にあった3軒のレストランはいつも満席で予約を取るのが難しかった。
こうした状況を変えた最大の原因はインターネットの普及によるもの。以前はおいしいレストランの情報を取ることは簡単ではなく、一流ホテルのレストランならば、雰囲気も味もいいに違いないという安心感が人びとをホテルのレストランへと導いた。だが、現在、おいしいレストランの情報はいくらでも入手できるようになった。そして、腕に自信のあるシェフは自分をプロモートして自分のブランドを造りあげるようになった。高級ホテルのレストランで働くよりも、自分のブランドを造り上げて店を出すほうが、高い名声と収益を得られる。こうなっては高級ホテルで働きたい腕自慢のシェフはいなくなる。結果、ホテルではセレブシェフ以上の味を出すことも難しくなってしまった。
現在、ブティックホテルがテナントとしてセレブシェフに入ってもらうというパターンが増えた。セレブシェフも、ブティックホテルの雰囲気を気に行って入る。だが、確立された高級ホテルブランドの中に店を出そうというセレブシェフはいない。そのホテルブランドによって、自分のブランドが多少なりとも霞むことを好まないからだろうか。いや、それ以上に、見回しても、高級ブテイックホテルが醸し出す洒落た雰囲気に匹敵する空間を造りだしている高級ホテルチェーンブランドはまず見つからない。ホテルチェーンの画一化がオリジナリティの創造を妨げてしまっている結果といえるかもしれない。
この日米の差は文化の差として永遠に続くのだろうか。それとも、アメリカのように変わっていくのだろうか。先を見るのが楽しみだ。
2023.1.31公開
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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