HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
139

マニュアルを強化したホテルチェーンの落とし穴

もう15年以上もニューヨークの4スターホテルで働く友人が嘆いていた。「○○ホテルチェーンの傘下に入ったら、お得意様のために、前もって客室を調べることが禁止されてしまった。これでは苦情を防げない」と。日本のサービスに慣れたゲストは、大雑把なアメリカのサービスに「ひどい!」と、怒りを爆発させることが多々ある。

例えば、“客室のトイレが流れていなかった”。これは、清掃をしたスタッフがゴミをトイレに捨てた後、最後まで流れたことを確認せずに蓋をしてしまったことで起こりうる。“クローゼットに見知らぬ荷物が置かれたままになっていた”。これは、レイトチェックアウトをしたゲストが荷物をおいたままにしてあるにもかかわらず、部屋を最終点検したハウスキーピングマネージャーが見逃したことで、起こりうる。どれもケアレスミスによって引き起こされるものだから、これらを防ぐには、実際に客室に入って自分で確認するしかない。私が働いていた20年前は、日本人ゲストが入って来る前になると、非常階段を駆け回り部屋を調べたものだった。

だが、時間と共に、マニュアルもシステムも進化。トラブル数は減り、“マニュアルを厳守することで、余分な仕事を減らす”という方針をとる傾向が強くなった。もはや、“完璧なサービスを期待する国民性を持っている日本人に、特別なケアを行う”などという方針がとられることはない。それを行うホテルがあるとすれば、マニュアルに縛られない運営を行っているホテルになる。それは、大手ホテルチェーンの傘下にないホテル。あるいは、傘下であっても、マーケティング契約だけを結んでいて、運営は独自に行っているホテルに限られる。

このような時勢だから、独立運営のホテルが生き残る術ができる。ホテルチェーンではだせない、個人の趣向に合わせたサービスを提供すること。たとえば、ハンバーガーのオーダーを取るときに、肉の焼き加減はどの程度にするか。トマト、オニオン、レタス、ピクルスは、どの程度を入れるか。ケッチャップ、マスタード、マヨネーズはそれぞれどの程度の量にするか。などのリクエストを取る。こうした希望に沿ったハンバーガーを提供できれば、それを最高のサービスとして喜んでくれるゲストは多くいる。彼らは、“あのホテルは私が希望したサービスを提供してくれるホテル”と賞賛し、強いリピーターとなって行く。

過去15年は、個性的な造りでリピーターを獲得したブティックホテルが大手ホテルチェーンを焦らせた。次にでてくるのは“個人の希望に沿ったサービスを提供するホテル”。こうしたホテルが最高級ブランドホテルチェーンに戦いを挑む有様を見ることになるだろう。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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