Vol.
96
個人プレーヤーで成り立つアメリカのホテル
ニューヨークのプラザホテルに着任して「どうしてこんなにもアメリカ人の考え方は違うのか!」という多くの経験をした。ショックにも似た驚きだったのは「長時間労働はよくない」ということだった。
スタッフ総数、約1000人中、私は唯一の日本人。日本語しか話せないゲストからの電話や日本語で書かれたファックスは私に回ってきた。営業という職務に加え、これらが私をオフィスに縛り付けた。ひと月のうち、仕事にいかない日は1日か2日。早朝から深夜まで週末関係なしに働く日々だった。だが、この素晴らしいホテルで働けるという愛社精神が苦しみを吸収してくれた。
数ヶ月したある日、上司が私のオフィスに来て言った。「長時間労働をしていることは知っているし、感謝している。だが、君にかけられた期待は、アジア地区の営業売り上げを5倍にすることだ。これができなければ、どんなに頑張って働いても、遠からず去らなければならないときがくる」。
「5倍って、冗談でしょう!」とでかかったが、飲み込んだ。「どうやって5倍にできるというのでしょうか?」と聞けば、「それがわからないのなら、今すぐに去ってくれ」と言われることになる。私が雇われたのは、勘違いにしろなんにしろ、私ならそれができると思われたからだ。
アジア地区の営業に関しては、私が100%の責任を負っている。私が「これはするべき」と思うことは、大きな経費を必要とするものでないかぎり、自分で決定し実行する。誰とも相談する必要はないから、私が行うことの全てが結果となり現れる。そして会社は、その結果に基づき、私の能力を判断する。いわば個人プレーヤーだ。 「できる限り早く家に帰って寝て、翌日のためにコンディションを整えるんだ。疲れた頭からは優れたアイデアはわかない。アイデアがでなければ、このノルマは達成できない」と言われた。さらに、コンサルタント会社から派遣された講師は「週に3回以上は運動をすること。年に2回はバケーションを楽しんで、リラックスする時間を持つこと」などということを付け加える。
アメリカでは、頭脳を使って出世を目指す者に夜の接待はない。“帰りに一杯”もない。成功は、優れたアイデアを生み出せる者しかつかめない。疲れた頭脳やプレッシャーにつぶれた精神では、それは見込めない。こうした理論の下では、長時間労働をしないことも、バケーションを取ることも、能力を最大限に発揮させるための手段となる。日本、シンガポール、サイパンの職場では、このような考え方はなかった。それは、チームで動くことで、頭脳よりもむしろ体力を必要とされる仕事が多かったからだ。
日本のホテルで3780円しか利益をあげられないところ、アメリカのホテルは1万円の利益をあげられるという生産性の大きな差がある。この差は、個人プレーヤーたちが生み出すアイデアの産物に他ならない。
著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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「アメリカのホテルで1万円儲かることが、日本のホテルでは3,780円しか儲からない」といわれるほど世界最低レベルの生産性。働けど働けど儲からないワーキングスタイルに苦しめられるのはもうやめよう。
(原作:アントニオ猪木、著:ケニー奥谷、絵:八雲)
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