Vol.
85
バブルの夢
プラザホテルに勤務を始めて、すぐに私はコンペティターを研究した。1907年に完成したプラザホテルは、日本人の常識にはない建築構造をしている。窓が小さい、中庭を向いた部屋がある、極端に小さな昔のメイド部屋がある、など日本人には受け入れてもらえない点がある。だが、天井が普通のホテルに比べて1.5倍くらい高くて開放感がある、ふかふかの絨毯に覆われている、めったに見られない綺麗な大理石に囲まれている、壁に施された彫刻が美しい、などを説明すると、「なるほど、これは素晴らしい」となる。
「あのホテルは〇〇の部分が素晴らしいですが、プラザホテルは〇〇が素晴らしいです」と、明確に違いを説明することで、人をこちらに引き込める。だから、コンペティターを知ることはとても大切なことだったのだ。
大概の新しいホテルは、100年前だからこそ可能だった豪華な部分を持ち合わせていない。そこがプラザホテルのセールスポイントだった。だが、最近建てられたにもかかわらず、概観も内装も素晴らしいホテルが1軒あった。そこがでてくると、説明で打ち負かすのに苦労した。
ロビーの造りはギリシャの神殿を彷彿させる。大理石と木の調合が豪華さをかもし出す。プラザホテルから200メートルも離れていない場所に建てられたフォーシーズンズホテルはプラザホテルの最強のコンペティターだった。
フォーシーズンズホテルは日本の会社、イ・アイ・イ・インターナショナルによって建てられたホテルだった。1980年代にデべロッパー(不動産開発業者)のウイリアム・ゼッケンドルフが土地を確保し、リージェント・インターナショナル・ホテルズの創始者であるロバート・バーンズがホテルの建立権を取得。彼が建設を依頼した会社は、リージェント・インターナショナル・ホテルズの大株主であるイ・アイ・イ・インターナショナルだった。内装にはパリのルーブル美術館のメインエントランスにピラミッドを建てたことで知られるI.M.ペイを起用した。それは見事なものだった。
私がプラザホテルに来る前に働いたサイパンのハイアットリージェンシーも、当初、イ・アイ・イ・インターナショナルが保有していたホテルだった。彼らは、世界最大の都市に、最高級ホテルのオーナーとなるべくその手を伸ばそうとしていた。だが、1990年には、経営破綻によりメインバンクの長期信用金庫に実権を渡すことになる。出資どころが傾いたことで、リージェント・インターナショナル・ホテルズは売却されてフォーシーズンと合併。名称がフォーシーズン・リージェント・ホテルズ・アンド・リゾートとなり、ニューヨークのホテル名はフォーシーズンズホテルとなった。その後再びフォーシーズンズとリージェントは分かれ、このホテルのマネージメントはフォーシーズンズホテルズが継続した。
もしバブルが崩壊せず、今でもあのホテルがイ・アイ・イ・インターナショナルのものであったなら、私はニューヨークに存在する日本の誇りのひとつとして紹介するだろう。惜しかったと思う。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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