Vol.
83
古きよき時代のホテルで働いた人々
アメリカの人件費は高い。私がニューヨークに来た20年前は、日本の人件費のほうが高かった。だが、バブル経済崩壊後の20余年、日本は世界で類を見ない“経済成長静止状態”に入る。結果、堅調に経済成長を続けてきたアメリカに人件費で抜かされることになった。
ホテルのドアマンが荷物を車のトランクからエントランスまでわずか5メートル移動させるだけで、1個につき1ドルから2ドルを払う。さらにベルマンが荷物を部屋に届ける。それにも2ドルから3ドル払う。ホテルに入るのに、荷物1個につき3ドルから5ドルを払うことになる。「わずかこれだけのことに、なんでこんなにお金を払わなくてはならないのだ!」と、怒りに近いコメントを日本人から聞くことがある。だが、これがアメリカのドアマン&ベルマンの人件費の相場なのだから仕方がない。払いたくないなら、彼らに触れられる前に、車から急いで降りて、自分でしっかりと荷物を握り締めるしかない。
レストランのチップの相場も今や18%になっている。15%では不満に感じる時代となった。レストランによっては、伝票にチップの%を書いてくる。その表示は15%、18%、21%と3種類。新聞に「どこまでチップは上がるのか?」という見出しがでるようになった。あと数年すれば、20%が当たり前の時代となるだろう。このチップの額を引き上げているものは、アメリカ人のきまえのよさだ。富裕層はかっこよさを見せるのが好きだから、ばさっとチップを払う。ビジネスマンは会社に請求できるから渋らない。好景気がチップを上昇させていく元になっているのだ。
だが、それでも古きよき時代のホテルで働いていた人々は言う。「昔はもっと儲かった。今は時代が変わった」と。プラザホテルがオープンした1900年初頭から60年代くらいまでは、ホテルは一般の人々が泊まる場ではなかった。1900年初頭にアメリカ初のタクシー会社が創立され、そのオーナーはプラザホテルの中にオフィスをかまえた。理由は、大金持ちがたむろすプラザホテルの前にタクシーを並べれば儲かると考えたからだ。
富裕層が払うチップの額は計り知れない。タクシーからおりてくるゲストを担当したプラザホテルのドアマン&ベルマンは、総支配人では得られない大きな額を得て、リゾート地に別荘やヨットを持ってバケーションを楽しんだ。ウエイター&ウエイトレスも一般サラリーマンでは稼げない額を得ていた。稼ぎがいいから辞められない。だから平均年齢は高くなる。今でも“伝統と格式のある”レストランに行くとわかる。ウエイターはお年寄りばかりだ。
私がプラザホテルで働いた時代は、そうした古きよき時代を過ごしたスタッフが残っているときだった。彼らの話しは実話だが、私には夢物語のように聞こえる楽しいものだった。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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