HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
59

同時多発テロから11年(番外編)

9月11日。今、私はパソコンに向かいテレビを見ている。番組では、同時多発テロの犠牲者の名前が読みあげられている。私には、同時多発テロは、先日、起こったことのようで、11年も経ったことが信じ難きことに思える。

その日は、国連の恒例ミーティングの初日だった。私は、日本から来た要人と共に平和の祭典のイベントに参加するため、8時半に国連に行く準備をしていた。そろそろオフィスを出ようとしたときだった。同僚の1人が言った。「It seems that an airplane hit the World Trade Center.(ワールドトレードセンターに飛行機がぶつかったらしいわ)」。

1945年に、空軍の爆撃機B25がエンパイアステートビルに激突したことがある。だが、ビルは大破することなく、2日間で営業を再開している。“その程度のことだろう”というのが最初に思ったことだった。だが、オフィスのテレビには、もくもくと黒煙をあげるビルがうつしだされていた。そして、皆で見ている最中に、もう片方のビルから火が飛び出した。我々は顔を見合わせた。「What happened to the other building?(もう片方のビルに何が起きたんだ?)」。それが2機目の激突とは知らなかった。

タクシーに乗りフィフスアベニューを南下すると、雲ひとつない真っ青な空を背景に、煙をあげる二つのビルが正面に見えた。街中は、すぐにパトカーと消防車のサイレンの音に呑まれていった。「大変なことになった!」。事故と思っていた私には、その程度の言葉しかなかった。

国連に到着すると、「Evacuation! (非難してください)」と、人々が叫んでいた。入り口で私たちを待っていてくれた人が、「これはテロです」と言った。「まさか。。。。」。イベントは即刻、中止となり、私たちは国連をあとにホテルに向かった。途中、「私のことを覚えていませんか?イラクでお供させていただいた者です。」と、ユニセフのスタッフが話しかけてきた。彼が言った。「もうワールドトレードセンターは崩壊してしまいました。」「崩壊?そんな馬鹿な!」私は走ってフィフスアベニューにでて南を見た。ただ、煙がまっているだけで、その中に、なにも見ることはできなかった。

ホテルに戻ると、「マンハッタンが閉鎖されて、交代のスタッフが来られないから、今日は、泊まり込みで仕事をしてもらう。」と、紙を渡された。そこには、“何時から何時まで、誰誰はどこどこの部署で働く”というスケジュールが書かれていた。私にあてがわれていたのは、フィフスアベニュー側のエントランスで、セキュリティーの代わりに、ホテルに入ってこようとする人に「ゲスト以外は入れません。ゲストならば、部屋番号と名前を教えてください」という役割だった。

それから、“アメリカはテロを防ぐことができるのか?”という不安が広がっていった。それにたいし、チェイニ―副大統領が言った。「テロを防げるなんて思わないでほしい。テロは明日起こるかもしれないし、10年後に起こるかもしれない。それだけのことだ。」。すぐに人々はマンハッタンから離れていき、家賃は下がりだした。プラザホテルも100ドル代で泊まれるようになった。

だが、驚いたことに、数カ月もしないうちに、ホテルの料金は上昇しだす。さらに、低金利政策により、住宅バブルが起こり、マンハッタンには次々と、新しいマンションが建てられ始めた。あまりにもマンション需要が高いので、ついには多くの高級ホテルがマンションに改造されて姿を消した。プラザもそのひとつとなり、2004年から3年間、閉館することになった。今、マンハッタンのアパート占有率は99%を超え、多くのマンションとホテルが建築中だ。

同時多発テロ追悼番組で、人々はあのときのことを思いだし涙する。だが、人々がテロの恐怖を本当に感じていたら、マンハッタンはこのようなバブル状態にはならないはずだ。私には、多くの人々にとって、あのテロの恐怖は過去のものになってしまったとしか思えない。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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