Vol.
53
憧れのクラッシックホテル
私は古めかしい建物が好きだ。アメリカの町に行くとよく散歩をしながら建物の観賞をする。ジョンレノンが住んでいたことで有名なダコタハウス、“ロビイスト”名称の発祥の地となったと言われるワシントンDCのウイラードホテル、ボストンのランドマークとして知られるコープレイプラザ、そして、プラザホテルと、4軒ともウイリアムハーデンバーグという当時、一世を風靡した建築家の作品だ。彼の建築には目を見張るものがある。
大理石で囲まれた広い廊下とロビー、絢爛豪華なシャンデリア、細部に施された彫刻、そして高い天井など、なん時間眺めていても飽きることがない。残念ながら、ダコタハウスはホテルではないので、泊まったことはないが、ワシントンDC、ボストン、そしてニューヨークと、私にとってはどれも忘れ難きホテルだ。
だが、だからと言って、誰にでも推薦できるわけではない。理由は、日本人の常識にはあわない造りをしているからだ。今にしたら、“なぜ”と聞かれるが、まだノウハウが蓄積される前の建物だから、コの字型やH型をしている。そして、通路の両側に部屋を造ってあるから、内側を向いている部屋ができあがる。窓を開けたら、前方にある部屋の窓が見えるという構造だ。さらに、外側にはスイートが多くあるので、レギュラールームの数は内側を向いているもののほうが圧倒的に多くなる。プラザで働いているときに、「眺めのいい部屋に泊まりたい」というリクエストに私は苦しめられた。
ホテルのポリシーは、“ゲストを満足させること”だから、「違う部屋はないですか?」と言われれば、ある限り見ていただき、その中から、気にいった部屋を選んでいただく。あまりにも、私がゲストと一緒になって部屋を歩きまわるので、フロントスタッフが私のことを気の毒に思い、「日本人ゲストが来たら、外側をむいている部屋を取ること」という張り紙がされたこともあった。さらに、営業部の中で、私だけが特別に客室を割り当てることのできるシステムを使うことが許された。それにより、知り合いから依頼されたり、あるいは顔見しりのゲストが来たりすると、“この部屋ならば苦情がでない”という部屋をあらかじめ割り当てることができた。
5年前に、ホテル勤務を終えてからは、旅先でホテルに泊まる機会が多くなった。現地の人がホテルを選んでくれ、「まだ新しいホテルです。奇麗でしょう」と言ってくださることが多いのだが、遠くに見える100年以上歴史がありそうな重々しい造りのホテルを見て、「あれに泊まってみたい」と思うことがある。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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