Vol.
50
ホテルのクリスマスパーティー
毎年この時期になると、プラザホテルのスタッフパーティーを思いだす。「このホテルで働けて本当によかった!」。プラザで働いている時に、そう感じることはたくさんあったが、クリスマスパーティーは特に印象深いイベントだった。それは、一般のスタッフに感謝の意を示す機会だから、マネージャー達が交代でバーテンダー、ウエイター&ウエイトレスになって働いた。食事内容もとても豪華なものだった。スタッフの中には、内容を見ただけで値段が分かる者がいるから、安価な物をだせば、「俺たちには、この程度の内容か。」と反感を買うことになりかねない。日頃の労働に感謝を示す場が、そんなことになったのでは逆効果だ。飲み物だけは1人3杯目から有料となっていたが、食事はブッフェ形式の食べ放題にしていた。また、家族を1人まで連れてきていいことになっていたので、多くは夫婦で来ていた。グランドボールルームの中央にダンスフロアーを造り、パーティーは午後6時から11時まで続いた。
多くのアメリカ人は、「仕事は日々の生活を楽しむためのお金を作る手段」と割り切る。また、楽観的な国民性ゆえ、「できないものは仕方がない」と、あきらめも早い。だから、自己を犠牲にしてまで仕事を優先する者はまずいない。さらに、良い条件を求めて職場を変えて行く社会だから、愛社精神も育たない。このような環境の下で、ハイクラスのサービスを出すためには、彼らの労働意欲をもちあげ続けることが必要となる。そこで生まれたシステムのひとつがチップ制度。いいサービスを行えば、それだけ多くのお金がもらえるから一生懸命に働くようになる。セールスマンには、インセンティブと呼ばれる、個人の売上に基づいたボーナスが与えられる。チップもインセンティブも得られない部署の者には、最初から高い基本給が設定されている。だが、それだけでは足りないから、「この会社で働いていてよかった!」と思わせるイベントを多く用意する。その最たるものがクリスマスパーティーだ。
プラザで言えば、ニューヨークで最も豪華な宴会場で開かれる盛大なパーティーに参加できることは、働く者の誇りとなる。一緒に来た伴侶にも自慢ができる。また、チップを得る部署で働くスタッフは、メニューの単価が高いので、儲ける額も多くなる。彼らの収入が多ければ、他の部署のスタッフの収入も平均的に高くなる。実際、プラザが大改装で、2005年から3年間閉鎖されたとき、リオープン後に再びプラザで働ける権利を受けたスタッフのほとんどは退職金を取らずに待ち続けた。
マネージャーは、経験を利用して自分を高く売り込むから、ときがたてば他のホテルに移っていく。だが、それ以外の部署にいるスタッフは辞めない。プラザほど居心地のいいホテルはまずないと言っていいからだ。それが理由で、勤続年数が30年以上というスタッフが沢山いる、アメリカではとても希有なホテルになったのだ。プラザは多くの旅行客とって憧れのホテルであると同時に、アメリカのホテルマンが働きたいと思う憧れのホテルでもあった。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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