Vol.
32
“お客様は王様です”に見るアメリカ社会
「お客様は王様です。」これはアメリカで使われているフレーズ。日本のフレーズと同じようにも思えるが、違いは、“王様”は人間という点。人間である以上、法律を守らなくてはならない。法律を守れない場合には、法律違反で逮捕される。一方、日本の場合には“神様”。神様に法律は関係ない。この違いが日米の根本的な社会の違いを作り上げていると言っても過言ではない。
アメリカは法律の国。全ての人は強く法律で縛られているから、たとえゲストであろうと、法律を守らない者は“アウトロー(Out Law)”扱いされて、まともな人間として扱われなくなる。ホテルでサービスを提供するサービス・スタッフも、それを受けるゲストもみな同じ目線を持って動く。だから、サービス・スタッフがゲストに媚びへつらうことはないし、ホテルのミスでゲストが不満な思いをしたとしても、ゲストは法律を意識しながら苦情をあげなくてはならない。法外なことを言えば、ホテルから相手にされなくなるからだ。また、団体用に部屋を押さえたいのであれば、契約書にサインをしてホテルが用意したペナルティ―を受け入れなければならない。
一方、日本のホテルで不満な思いをしたとなれば、ゲストは法律のことなど気にせず苦情をあげることができる。団体用に部屋を押さえるときも、「それなら、違うホテルを使う。」と言われることが怖くて、ホテルはゲストに契約書のサインを求めることができないこともしばしば。こうした余りにも大きな上下関係が“モンスター・クレイマー”などという言葉を生み、ホテルで働く人々を鬱に追いやることも少なくない。このような過酷な労働環境がホテル業界の高い離職率に表れている。“アメリカのホテルマンは楽しく働き、日本のホテルマンは苦しみを背負って働いている。”日本の自殺率はアメリカの2.5倍という数字も、少なからずこの差の延長上にあると言えるだろう。
日本に暮らす人々の生活を楽にするために、まず日本が行うべきことは、アメリカのように法律を人々の身近に置くことだと私は思っている。法律が、人と人との間に生じる上下関係を許さず、サービスを“等価対価”として扱い、お金を払う立場だろうと、受け取る側だろうと同じポジションに置く。これが可能になれば、人々の苦しみは軽減され、同時に、サービス産業の生産性を上げて、経済を強くするだろう。そうした世の中が日本にやってくることを願いたい。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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