Vol.
17
維持費のかかる歴史的建造物
年の瀬を迎え1ヶ月半ニューヨークの自宅で過ごすことになった。時間ができたので、久しぶりに昔の同僚達の顔を見にプラザに遊びに行った。そこで、あの二度と造ることのできない豪華なロビーが壊されていないことを確認して嬉しくなった。1990年の「ホームアローン2」の撮影のときにむき出しにされた、ロビーのタイルもそのままだった。
私が勤務していた、1997年にプラザホテルはリノベーション(改装工事)を行った。壁紙を張り替え、家具、カーペット、カーテンを新しいものに交換した。金の塗料もだいぶはげおちたので、塗りなおしをした。合計部屋数は805。宴会場は17。それにかかった費用が約80億円。
2000年に日本の某大型ホテルの社長とお茶を飲む機会があった。その際に、彼の勤めているホテルが大改装を終えたばかりという話題があがったので、私もプラザの改装にまつわる話しをした。だが、彼は、80億円かかったという話しを全く信じてくれなかった。
プラザのように100年も昔に贅沢を尽くして建てられた建造物は、その維持費に膨大なお金がかかる。日本にはそうした建物がないので、その感覚がわからなくても無理はない。これから、どんなに高級なホテルが建てられようとも、100年前に立てられた豪華な歴史的建造物を超えるものはできないだろう。そこに使われている素材や、手間隙かけて職人が造りあげたモザイクなどは真似をすることができないからだ。もし再現したら、建築費に莫大なお金がかかり、ホテルとしては経営が成り立たなくなってしまう。
歴史的建物は、窓が小さかったり、眺めがなかったり、お湯に錆びが混じっていたりと、日本人ゲストの期待に応えることができない要素をたくさん持っている。だから、日本から知人が来るときには、私はそうしたホテルを推薦せずに近代的なホテルを選ぶことにしている。だが、自分自身が泊まるときには、歴史的建造物のホテルを選ぶ。そうした問題があることは熟知しているから不快に思わない。それよりも、建物自体の骨董品としての価値を味わい、往年の大スターが泊まったことや、そこで起きた歴史的出来事などを調べて、自分が時間を越えて同じ空間を共有する楽しみを思い出にしたいからだ。
著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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