Vol.
4
アメリカのホテルのセキュリテイー設備
「部屋からカメラがなくなった」
ゲストから報告を受けて、私はセキュリテイー(ガードマン)を連れて部屋にあがった。
セキュリテイーは、決められた手順に従い、部屋を捜索しだす。ゲストは、不安に満ちた顔つきで、彼の動きから目を離さない。私は、カメラが見つからなかったときに言わなければならないことを思い気が重くなる。
ホテルは部屋でおきた紛失に関しては一切責任をとらない。ゲストは、無責任だとホテルを責めるが、ホテルからしたら、「そこに物が置いてあったことを誰が証明できるのか?」となる。それはゲストの自己申告にしかすぎないのだ。
アメリカの一流ホテルでは、館内のいたるところにサーベイランス・カメラ(防犯カメラ)が取り付けられている。エレベーター、廊下、ロビー、エントランス、従業員通用口。必要とあらば、ビデオを巻き戻して、その場で起きている状況を見ることができる。また、大概の場合、部屋の鍵も、何時何分に誰の鍵(ハウスキーパー、ミニバー係り、セキュリテイー等)がドアを開けたかという記録を残すようになっている。
「部屋から毛皮のコートがなくなりました。出かけたのが午後4時で、戻ってきたのが午後10時です。」
まず、私は部屋の開閉記録を調べた。ハウスキーパーが5時に入った記録が残っていた。そのハウスキーパーの動きをサーベイランス・カメラが録画したビデオテープで追う。従業員通路から従業員用エレベーター、そしてまた従業員通路と、彼女がカートを押しながら進む様子をつぶさに追って行く。彼女が盗んだのであれば、どこかでそれを手にするシーンがでてくるはずだ。だが、その様子はでてこなかった。これでハウスキーパーの疑惑はほぼ解けたことになる。
次に、私はゲスト用エレベーターのビデオテープを見る。ゲストの説明をもとに、午後4時頃のゲスト用エレベーター4機を順に追いかけた。ゲストが乗りこむシーンを発見。毛皮のコートを着ている。次に、10時頃の映像を見る。彼女が戻ってきたときの映像が映る。コートは着ていない。
これで、私は彼女がコートを外に忘れてきたという証拠をつかんだことになる。しかし、厳格な決まりで、ビデオをゲストに見せることはできない。ただ、口頭にて事実を伝えるだけにとどめる。証拠を見せられない以上、ゲストも納得しない。だが、映像を見せるとしたら、裁判で証拠として提出するときだけになる。つまり、ゲストが訴えを起こさない限り、それを見せることはないのだ。
部屋から現金が無くなったと報告があがった。ゲストは朝食を食べた後、午前10時半に部屋に戻り11時に外出。午後8時に戻ってきたときには部屋が開かず、セキュリテイーに通報。セキュリテイーが部屋を開けたときには、現金が盗まれていたという。
私は部屋の開閉記録を調べた。ゲストが言う、午前10時半ころに部屋に戻ったという記録がない。また、2時にゲストの鍵が部屋を開けていた。ゲストはその時間にはホテルに戻っていない。セキュリテイーは見解をだした。「8時半には、部屋の中にいた売春婦が内側からドアを開けた。売春婦は、ゲストの鍵を他の鍵とすり替えてゲストと外出し、2時に戻ってきて盗みをはたらく。その証拠として、ゲストが8時に戻ってきたときには、鍵が使えなかった。」
ゲストはホテル側に弁償を要求。ホテルは要求を却下。しかし、名誉毀損で訴えられる可能性を考慮して、ゲストに「売春婦を部屋に入れたのではないですか?」とは聞かない。ゲストが訴えてきたときにのみ、証拠としてこれらの資料を提出することになる。
アメリカのホテルのセキュリテイー設備は、ゲストの思いもよらぬところまで真相を突きとめることができる。ただ、訴訟社会という国柄、その証拠をゲストに公開することはない。
治安が悪いからこそ、こうした設備を導入して防犯に備えたアメリカのホテル。だが、一方で、自己責任が強く求められるのもアメリカの社会。ホテルにいても、自分の身と持ち物は自分で守るという強い意志を持つことが不可欠なのだ。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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