Vol.
1
アメリカの一流ホテルのホスピタリティー
朝の11時にロビーを通ったら、日本人の親子連れがいた。70代の婦人、お母さん、そしてベビーカーに乗った子どもだった。心配になり、足をとめて、その家族を眺めていると、スクリーンを睨みつけていたフロント・スタッフのジョージが顔をあげ、私を見るなり手招きをした。私は駆け寄った。
「おはようございます。今、ご到着されたばかりですか?」
「ええ、飛行機が時間より早く到着したものですから。」
「そうですか。お疲れでしょう。」
「ええ、私は大丈夫ですが、子どもと母が。。。」
「そうでしょうね。」
私は顔を上げて、ジョージと視線を合わせた。
「どう?」
「予約された部屋がまだできていないんだよ。」
「そうだよな。昨日は満室だったもんな。」
「でも、あとで来てくれなんて、俺は言えないよ。一つだけスイートが空いているから、それを使うよ。もし上から文句がでたら、説明してくれよ。」
「もちろんだ。ゲストは何泊する?」
「二泊だよ。」
「今日と明日、そのスイート、誰かに割り当てられている?」
「いや、このスイートは空いている。」
「今日も明日も稼働率は80%程度だから、途中で部屋を替えるの大変だし、通しで入ってもらおう。」
「OK。」
私はゲストに視線を戻した。
「スイートが今ひとつだけ空いています。その部屋にお入りいただきます。」
「ええ!でもそんなお金払えません。」
「追加料金はありませんから、ご安心ください。」
これが普通のゲストであれば、もちろん、こんな気前のいいわけには行かない。「まだお部屋ができておりませんので、あと二時間ほどお待ちください。お荷物はベルマンがお預かりいたします。」という案内になる。しかし、アメリカには弱者をいたわる文化がある。お年寄り、幼児、身体障害者、彼等はなんとしても助けなくてはならないという強い意志が皆の心の中にある。だから、ジョージが言ったように、「あとで来てくれなんて言えないよ。」となるのだ。
もしジョージの行ないに、フロントオフィス・マネージャーが後から文句をつけようものなら、逆に、そのマネージャーは皆から威信を失い、立場が危うくなるほどだ。
アメリカのホテルのサービスは日本ほどきめ細やかではない。多くの日本人ゲストが、アメリカのホテルのサービスに不満を持って戻って行く。だが、私は日本の一流ホテルに尋ねてみたい。こんなとき、3万円の値段で予約しているゲストを、15万円の部屋にアップグレードするだろうか。その裁量をフロント・スタッフに任せているだろうか。
文化の差が作りだす運営方針の差だから、アメリカのホテルが優れているというつもりはない。しかし、こうした点に、日本とは違ったアメリカのホテルのホスピタリテイーが隠されている。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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