HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
106

ホスピタリティーを形成する宗教と法律

先日、アメリカで「なぜ日本の電車では、老人や妊婦が立っていて、若い人が座っているのか?」という記事が取り上げられていた。スポーツ観戦をした後に、ごみの片づけをして帰る国民。地震が起きても、強盗に豹変しない国民。“その国で、なぜ?”と、不思議がられるこの現象を考えることは、両国のサービスの違いを紐解くことになる。

アメリカ育ちのホスピタリティー精神は世界中に入り込んでいる。エアラインに乗るときは現在、どこの国も順番が決まっていて、幼児連れ、身障者、高齢者、妊婦が優先搭乗となる。もともとはアメリカの航空会社が始めたことだ。お金さえ払えば大概のことは可能になるアメリカ社会だが、この優先順位だけは揺るがない。

プラザホテルで働いていたとき、よくフロントスタッフに感動させられた。強く記憶に残っている出来事は、早朝に到着したお年寄りと子供連れの家族に、スイートルームを貸したときのこと。前日はほぼ満室で、3000ドル以上するスイートルームしか空いていなかった。その人々に休んでいただくために、その部屋を利用するか否か躊躇っている私にフロントスタッフは言った。「いいことをするのに、誰も攻める人はいないわ」

アメリカ人の多くは、キリストの教えを受けて育つ。そこには、「困っている者を救いなさい」という慈愛の精神がある。「働かざるもの食うべからず」という考えはないから、街にいるホームレスに多くの人がお金を恵む。その姿を見て、日本人観光客が不思議がる。アメリカでは、不良学生でも、か弱き者に席を譲る。幼少のときに植え付けられた慈愛の精神がそうさせるからだ。それゆえ、日本を旅するアメリカ人は、電車の中で学生が座り、老人が立っている様子を見て不思議がることになる。

キリスト教が教える“正しい行い”をとがめるキリスト教徒はいない。こうした背景があるから、弱者を救う愛情を伴ったサービスが育った。一方、宗教の枠を超えたところで、強い人間のエゴも存在している。宗教が違えば、教え方も違う。人種が違えば、自分の人種が優れているなどという考えも生まれる。それらが引き起こす争いを防ぐため、法律が日常生活に張り巡らされた。納得できない場合は、法廷で戦うから、訴訟社会と言われる。こうした社会では、いくらお金をたくさん払うゲストだろうと、慈愛の精神を無視する行いや、法律から外れた行動は許されない。だから“お客様は神様”などという言葉は生まれえない。

アメリカのサービス業の根本にあるものは宗教と法律。日本では薄い存在となっていることだから、アメリカ人と日本人、お互いの行動に“なぜ?”と思うことが生じる。アメリカを旅するときは、このことを頭に入れておいて欲しい。そうすれば、日本には無いアメリカのホスピタリティーの素晴らしき点が見えてくる。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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