HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
98

真のファイブスターホテル

ファイブスターホテルの凋落を見るたびに思う。「ファイブスターホテルはファイブスターの精神を持つものにしか維持できない」と。ファイブスターホテルと他のホテルの最も大きな違いは、ファイブスターのサービスを求めるリピーターがついているか否かの差だ。ファイブスターのサービスを求める顧客とは「心地よいサービスを受けられるのならば、料金は問題ない」という考えを持つゲストたち。

ニューヨークにあるファイブスターホテルを見てみよう。ホテル内にあるスパ施設、プール、ジムなどの使用は無料。誕生日に宿泊すれば、部屋にケーキやフルーツが届く。レストランでも、シャンパンなどを開けて、お祝いをしてくれる。もちろん、リピーターであれば、“ウエルカムバック”という歓待のカードとともに、差し入れが入る。宿泊料金は高いが、こうしたサービスを楽しめるからリピーターがつく。

20年前、我々が「キング」と呼んだホテルがあった。セントレジスという、ニューヨークで最も宿泊料金の高いホテルだった。各フロアーにバトラーが待機しているから、ボタンを押すだけで、「なにかお役にたてることがありますか」と、飛んでくる。こうしたサービスを出せるホテルは他にないので、リピーターがたくさんついていた。

ファイブスターのサービスを求めるゲストが払うチップの額は高いから、スタッフの収入も高くなる。彼らはさらなるチップを求めて、サービス精神と技術を磨く。ホテルは改装に回す予算を確保でき、綺麗な状態を保つことができる。真のファイブスターホテルが楽しめる華麗なる世界だ。

しかし、ファイブスターのあり方を知らない総支配人が入ってきたりすると、それも終わりになる。経費削減などに走り出し、それまでのサービスを維持できなくなる。結果、ファイブスターのサービスを求めるゲストは去って行き、負の回転が始まる。一度、転げ落ちだすと、もはや高い料金を維持することは不可能。スタッフのサービス精神も下がり、改装費が不足してハードが疲れた状態となる。

私が働いたプラザホテルでは、リピーターを確保するために、マネージャーは頻繁にゲストに話しかけた。ゲストにとって有益な情報を伝え、名刺を渡すところまでこぎつければ、分かれた後に、部屋に、“お目にかかれて光栄でした”というメッセージを添えて贈り物をした。名刺を渡しておきながら、フォローアップなしでは、ファイブスターで働くスタッフとして恥ずかしいという気持ちがあった。経費を惜しむのではなく、経費をかけてゲストを楽しませ、大きな利益を得る。それがファイブスターホテルに必要とされる意識だ。

ハードがどんなに素晴らしくても、ファイブスターのサービスを求めるリピーターは育たない。ファイブスターに必要とされる精神を知らなければ、ファイブスターのステータスを維持することはできないのだ。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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