HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
92

枠にとらわれないマーケティング戦略

私がホテル業に入った頃、アメリカのホテルの総支配人にはF&B(飲料部)から上がってきた人たちが多くいた。だが、1980年後半になると、セールス&マーケティング部から総支配人になる人が増えた。理由は、ホテルビジネスの激戦化につれ、集客できる能力を持った人が最も必要とされるようになったからだ。株主たちの要求は「もっと利益をだして欲しい」に尽きるのだから、これは当然の流れだった。

優れたマーケティングを行える者はエンターテイナーだ。次から次へと企画を打ちたて、世間に発表して注目を引く。人々が、「そんな面白いことを行っているのならば、是非、行ってみたい」という理由を創りだす。プラザホテルは正にそれを行った稀なるホテルだった。

私がプラザホテルで働いた時代に、マーケティング部が力を入れたことの一つに、子供のファンを増やすという戦略があった。「プラザヤングアンバサダー」という子供向けのメンバーシップを作り、メンバーは、子供でありながら、ホテル内でディスカウントを受けることができた。誕生日の日に、レストランに来れば、ケーキが無料で食べられ、メンバーの両親の誕生日にも、ケーキを無料で贈呈した。子供が両親をプラザホテルに招待して、親の誕生日を祝うという姿が見られた。また、1日ドアマン体験やお料理教室なども開き、教育の場を提供した。

他のホテルでは行われないこのユニークな企画は、テレビ番組の取材をよく受けた。また、教育委員会から賞賛され、「子供の教育の場を提供しているから、サポートしたい」という多くの人々を味方に付けた。多くのアメリカ人は教育に貢献する組織をサポートする。その心理をつき、マスコミ、教育熱心な人々、両親と食事を楽しむ子供たちを呼び込み、ホテルを活気づけた。この企画は将来のプラザホテルを愛するロイヤルカスタマーを育てるという長期計画をも含んでいた。また、1955年に出版されたプラザホテルに暮らす少女、「エロイーズ」という絵本を引っ張り出し、再マーケティングも行った。結果、アメリカ中の子供たちから「親愛なるエロイーズへ」という手紙が毎日届くようになり、ディズニーがテレビ映画まで作るに至った。

小さなホテルならば、サービスを強化し常連顧客を増やすことでいい成績を出せる。だが、800室ものホテルではそうはいかない。“子供の夢”が呼び込むビジネスがプラザホテルにとってどれだけの力になったかは計り知れない。プラザホテルをホテルを超える存在にしていたものは、ホテルという枠にとらわれない夢を創りだす想像力。そして、それを実行に移す支配人の行動力だった。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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