HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
88

わがままな夢を叶えるアメリカのホテル

基本的に、アメリカ人は日本人のように勤勉ではない。自分が犠牲になろうとも、みんなのために働くことの尊さを強くは感じない。仕事をするのは、自分と自分が支えなければならない人のため。他人のためでもなければ、会社のためでもない。だから、待遇がよくないと思うと、力を抜く。現状よりもよい条件を出してくれる会社があれば、そちらに行く。こうした状況だから、企業は人材確保に苦労する。他の会社にスタッフを取られないように、いい条件を保たなければならない。

私がプラザホテルで働いていたとき「$○○くれるというので、△△ホテルに行くと言ったら、それなら$○○だすと言われて、引き止められた」という同僚がいた。私もアメリカのホテルで働いていた20年間に、日本の会社ならば、無理だろうと思う経験をしたことがある。

まず、日本にいたとき「○○ホテルが日本人を欲しいといっているから、行ったらどうだ?」という転勤の誘いをずいぶん断った。結局は、ことがうまく運ばず、遠回りをすることになったのだが、最初の4年間は「ニューヨークのプラザホテルに行きたいから、それ以外のホテルには行きません」という強硬な態度を取っていた。アメリカの会社は、本人の希望を優先する。無理強いすれば、辞められてしまうことになるからだ。

サイパンのハイアットホテルで働いているときには、総支配人から「よく働いてくれていることへの報奨として、なにかひとつ願いを叶えてあげよう」と言われ「一人で住める綺麗なアパートが欲しい」と答えたことがある。寮の中に、そうした部屋がなくて困り果てた総支配人は「毎月600ドルをあげるから、それで好きなところを借りて住みなさい」と、お金を用意してくれた。それに200ドルを足し、プールつきで海が見える綺麗なマンションを借りて暮らすことができた。

プラザホテルでの思い出も多くある。大きな団体を誘致したあと、上司がこっそりと私のところにやって来て「いい仕事をしてくれた。これを取っておいてくれ」と封筒をくれた。中を見ると、チェック(小切手)が入っていた。また「いい仕事をしてくれているから」という枕言葉の後に、“グリーンカードを取ってあげよう”、“来年の給与を17%上げてあげよう”、などという「嘘!」と、声をあげたくなるようなサプライズもあった。

周囲にも、こうしたサプライズを受けて、喜んでいる同僚がいた。これがあるから、会社を辞められなくなる、また、何とかして会社に貢献したいと頑張るようになる。もとを探れば、人々がわがままで勤勉でないから、こうした喜びを用意して、労働意欲と愛社精神を引き出さなくてはならないのだ。

自分を犠牲にしても、世のため人のために働くことを美徳とする日本文化の中では、このような必要はそれほどなかった。一昔前は、人の勤勉さこそが日本の強みだった。だが時代は変わり、年配の人の考え方と、若い人の考えにはずれが生じてきている。それが、日本を低迷状態に陥れている一つの大きな原因と私は思う。だから、ホテルを目指す学生の就職相談に乗るとき、どうしても叶えたいわがままな夢を持っている人には「それなら、思いきって、アメリカにあるホテルに就職してはどうですか」と、言うことにしている。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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