Vol.
82
実力の世界
日本人プレイヤーが出る決勝戦となれば、応援にいかないわけにはいかない。当日券を購入し、錦織選手の試合を観戦しに行くことにした。周囲で応援していた日本人の顔は、“日本人がついにここまできたか”という喜びにあふれていた。また、英語で堂々と応えた最後のインタビューは、それを見たすべての日本人に感動と、日本人としての誇りをもたらしたのではないだろうか。
アメリカは「実力の世界」といわれる。スポーツの世界と同様に、ビジネスでも、力あるものは、同僚も上司も追い抜いて上に昇っていく。それを可能にしているものは、数字で決めるというシステムだ。「そんなこと言っても、人種によって差があるでしょ?」とか、「女性は難しいでしょ?」とか、聞かれることがある。少なくても、私が働いたホテルでは、それはなかった。なぜなら、数字が判断基準になっていて、横槍を入れて操作することなどできないからだ。数字の前に人種なし、数字の前に性別なし、これが真の実力の世界の証だった。
あるとき、上司が私の部屋にやってきた。「よく売り上げを伸ばしたな。この数字に相応しい給与にしてやる」と言う。そして、翌年の給与は18%アップとなった。私は謙虚に言った。「こんなにあげてもらって申し訳ない」と。すると彼は笑った。「それに相応しい数字を出しているのだから当然のことだ」と。
給与面で言えば、実力が反映されるのは、昇給だけではなかった。売り上げによって決められるインセンティブという特別ボーナスもあった。最高、基本給の40%まで取れるようになっている。それも、半年毎では、働く勢いが萎えることがあるので、3ヶ月毎の数字によって与えられる。例えば700万円の基本給ならば、年間280万円のボーナスが4回に分けて払われる。つまり3ヶ月毎に、最高70万円まで取れることになる。3ヶ月はすぐに過ぎるので、油断できず、“毎日が勝負!”という気持ちを駆り立てられる。さらに、前半は数字に到達できなかった者でも、後半の追い上げで、敗者復活戦のチャンスが与えられる。年明けに出る年間総合売り上げにより、取り損ねた金額を取得できるシステムになっているからだ。これが、最後の最後まで力を振り絞る意欲を与え続ける。
高い数字を取り続けて、給与を上げていく者には、その額に見合ったタイトルが与えられるときがくる。さらに、ヘッドハンターにより他社からの引き抜きがかかったときは、大幅な給与アップで移ることになる。それには人種も性別も関係ない。実力の社会は、大きな夢を抱かせるシステムを用意している。だから、給与の格差ができることは防げない。だが、だからこそ、人々は真剣になって努力を続けることになる。
自信のある者は、他国からアメリカに勝負をしに来る。私が働いたプラザホテルの営業部でも、クロアチア人、ブラジル人、インド人、フィリピン人、レバノン人、そして日本人(私)と、他国から来たスタッフがたくさんいた。アメリカの永住権を持っているわけではない。プラザホテルがビザのスポンサーとなってくれていた。私以外の多くは、留学にきて、そのままアメリカで就職をした者たちだった。
残念なことに、この20年間で、アメリカで働く日本人ホテルマンは少なくなった。実力さえあれば、大きな夢をつかめる世界が待っているのだ。“我こそは”と思う者は、海外に出てきて勝負をして欲しい。時代は、世界の舞台で、日本人としてのアイデンティティーを示せる人を求めている。錦織選手のように。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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