HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
76

法律社会のホテルと常識社会のホテル

いうまでもなく、アメリカは極度の法律社会。それは、法律を職業とした者が、日本では6,300人に1人なのにたいし、アメリカでは290人に1人いるという数字が物語る。この差が両国のホテルのあり方の差を生みだしていると言っても過言ではない。

社内で見れば、アメリカはスタッフからの訴訟を恐れ、常に不平不満のない職場環境を保つことに力を入れる。たとえば、私が働いたホテルでは、年に2回のアンケート調査が行われていた。アンケートに名前は書かないが、部署と勤続年数を書くので、誰が書いたものなのかを、調べることができる。不満が書かれていたら、それを完璧に潰す行動を取る。多くの不満を抱えるスタッフがいる部署のトップは、職場環境への配慮が欠けているとして、責任を問われることにもなる。スタッフ同士の付き合いでも、常に礼義(Respect)を持ったものになる。こうしたシステムが、日本で問題となるパワハラ、セクハラ、いじめを防ぐ働きをしている。

法律はサービスのあり方にも強く影響を与えている。よく例に挙げられるのが「エンパワーメント」。早朝に到着したお年寄りに、部屋の準備が整っていないときなど、フロントスタッフの判断で、スイートを渡して休んでもらうなどということをする。なぜアメリカのホテルは、こうしたことを一般スタッフが行えるのか?という疑問が、日本のホテルからあがる。日本のサービスの指針は人の考え方にある。上司の判断は人によって変わってくるから、部下は、上司の許可をとらなければ動けない。だが、アメリカの判断の指針は法律にある。法律が弱者を守れという強い意志を持っているから、それに従う。上司がそれに反した意見を持つのであれば、それは上司が法律の意志に従っていないものとして、非難されることになる。

ほぼ単一民族国家の日本では、“共通の常識”という指針が存在したために、強い法律社会になる必要がなかった。世界からモラルの高さを称賛される一方、人々を苦しめる職場環境などの問題が残された。また、おもてなしに代表される、丁寧なサービスがだせる一方、個人が強い権限を持つことができず、アメリカのホテルのあり方を羨ましく思うホテルマンが多くいる。

今、我々は、どこが優れていて、どこが劣っているのかを知っている。劣っている部分を改善できれば、素晴らしい組織を造りだすことができる。ただ、行動あるのみだ。

【奥谷啓介氏テレビ出演情報】
奥谷氏が3月23日(日)NHKBS1「地球アゴラ」にご出演されます!皆さまぜひご覧ください。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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