HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
74

ジョブホップ

アメリカは実力の国。実力ある者が高給を取る。とは言え、実力があっても、大きな収入を得るには、それなりのステップを踏まなければならず、時間がかかることがある。また、実力があっても、時勢の波にのれない者は、うだつがあがらずに終わる場合もある。

収入の大幅アップは、他企業にひきぬかれるときにおこる。アメリカはトップダウン制の社会。一握りの優秀な人材が会社の好成績を生みだす。それが如実に繁栄されるので、優秀な人材をとるために、高額なお金を払うのだ。私がシンガポールのウエスティンホテルで働いていたとき、他都市のウエスティンホテルの総支配人から言われたことがあった。「愛社精神は大切なものだ。だが、ホテルマンとして勝負しなければならないときは、それを捨てろ」

アメリカで働くマネージャーにとって、大切なことは、愛社精神よりも高い給与。給与の高さでその人物の価値が決まると言っても過言ではない。だから、どんなに快適な職場であっても、見切りをつけなければならないときがくる。だが、実力があっても、堅い性格ゆえ、なかなかひきぬきに応じない者もいる。そうした、ジョブホップ(Job-Hop=転職)のタイミングを逃す者は、ときを同じくして働き始めた者に、収入と役職の差をつけられてしまうことになる。

「俺だって、プラザを辞めたくないさ。だけど、この業界であがって行くためには仕方がないことなんだ」と、離れていったたくさんの同僚がいた。今、彼らは他のホテルで出世を果たしている。給与の大幅アップは役職が上がるときにおこる。だが、プラザホテルのエグゼクテイブコミッティー(部長クラスの役職)にいる者は、そう頻繁には辞めていかない。それより上の条件を出してひきぬきにかかるホテルがあまりないからだ。必然的に、その下にいる者たちは、他の会社に移ることで、上の役職をつかまなければならなくなる。

一方、フロントオフィスエージェントあたりのポジションで働く者の多くは、自分から他のホテルへ売り込みをかける。ひきぬかれるわけではないので、大幅な給与アップにはならない。だが、それでも、プラザのような一流ホテルでの経験は高く買われ、数年分の昇給にはなる。私が働いていた当時、プラザホテルのフロントスタッフの勤続年数は平均2年未満だった。

アメリカ人は愛社精神を持たないとよく言われる。その背景には、こうした社会構造が強く関係している。自分が働いている会社にたいして、必ずしも愛情を持たないというわけではないのだ。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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