HOTEL in U.S.A 私が見たアメリカのホテル

Vol.
19

名物ドアマン引退に因んで

プラザに46年勤務したドアマンのエド・トリンカが引退した。彼の引退はアメリカ中の話題になったばかりでなく、日本でもニュースやワイドショーで紹介された。

転職が激しいアメリカの社会でこれほど長く勤務するのはとても珍しいことだ。だが、実は、プラザホテルは、こうした何十年も勤務しているスタッフがたくさんいるとても珍しい職場なのだ。勤続年数の長いスタッフがたくさんいる理由は二つある。ひとつは、彼らが世界有数の名門ホテルで働けることを誇りに思っていること。二つめは、そこで得られる収入がとても高いということだ。

アメリカのホテルで働くスタッフの主たる収入源はチップ。高級ホテルになればなるほど裕福なゲストが泊まる。また、レストランの値段も高くなる。当然のことながら、ゲストが払うチップの額も多くなる。チップは一旦集められ、税金を差し引いた後に勤続年数順に多く分配される。勤続年数が増えるにつれて収入が増えて行くことになるから、一旦、プラザで働きだし、ある程度の勤務年数になると、もうそれ以上の給与を取れるホテルは探せなくなってしまう。だから辞められないのだ。
今でこそ、誰にでも利用されるようになったが、46年前というと、プラザに泊まるゲストは大富豪ばかりだった。その当時のベルマンやドアマンたちが得るチップは法外によかった。「世界最高のホテル プラザでの10年間」で紹介したように、彼らの所得は総支配人よりも高く、別荘やヨットを持ち、優雅に暮らしていると噂される職場だったのだ。

1月にエドにあったときに、彼は間もなく引退することを淋しがっていた。「私が一度も会社に行くのが嫌な日はなかった。」というと、彼も同じことを言っていた。私の場合には10年間に過ぎないが、彼の場合には46年間。重みが違う。だが、多くのスタッフが同じことを言うに違いないと私は思う。

「海外旅行が変わるホテルの常識」の最後で述べたように、私はアメリカのホテルは素晴らしい職場だと心から思っている。その理由は、さまざまな面で公平さが保たれている上に、働くスタッフが皆同じファミリーの一員だという連帯感を持っているからだ。
それは「46年間、悪い日は一日もなかった。」と、アメリカのマスコミの前で語ったエドの一言に凝縮されている。

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著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントとして活躍中。

奥谷 啓介オフィシャルサイト

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