ロココ様式
18世紀、教会が世俗化し、国家権力が倦怠感を漂わせた時代に生まれた、耽美的で官能的な様式。
ヴィース巡礼教会(ヴィース)の内部。幻想的で繊細、かつ耽美的な装飾はまさにロココの真骨頂
(写真提供:©filmfoto/123RF.COM)
ロココ様式を学ぶ
様式が生まれる歴史的背景 〜強大なバロックへの反動〜
おおむね18世紀の初頭、すなわちルイ14世(在位1643〜1715)の在位の終りに近いあたりからフランス革命(1789)が勃発する前の時期の美術をロココと呼んでいます。
バロックの時代、王侯や貴族はその権力を誇示するために豪壮な王宮や館を構え、その内部を派手に飾り立てました。教会も、カトリックが力を盛り返し、時代のトレンドに合わせるかのように絢爛豪華なつくりを実現します。
しかしながら、たとえばルイ14世が、当初は公的な場として権力装置の典型のようなヴェルサイユ宮住まいを好んだのに、晩年は小規模な離宮で過ごすようになるのに似て、建築家たちも、威厳のある空間をつくることよりも、親密でくつろいだ空間を求めるようになります。
経済的・文化的に成熟した社会を背景に、強力な王権に倦怠感をいだいた王侯貴族が、ある種の「癒し」を求め、建築家たちがそれに応えたとも言えましょう。
またドイツでは、当時多くの小国に分かれ、それらの王たちが競って(時に小国に不相応な程の)豪奢な建築を作っていました。特にカトリック圏の南ドイツの教会は裕福で、芸術家たちの大いなるパトロンでありました。
この時期、ドイツに独特の幻想的な芸術が生まれます。音楽的才能にも秀でたドイツ人が、建築空間と装飾とを相互に入り組ませて、壮大な交響曲のように響きあい融合するものをつくりだしたのです。宗教建築に、官能的要素というそれまでになかったものを加えたように見えます。バロック様式建築のように、腹をくくって対決するような緊張感ではなく、その場に足を踏み入れると、身構えていないだけに余計に気が遠くなってしまうような陶酔感を感じさせてくれそうなのがドイツのロココです。
ロココ様式の特徴 〜華麗にして装飾的・耽美的〜
この様式は明確に説明しにくいところがあります。「昨日までがバロック様式で、あしたからはロココ」という風に明確に分けがたく、実際のところグレーの部分が大きいのです。
時代性と地方性による違いもあります。フランスのロココとドイツに発生したロココ、逆方向のスペインに渡ったロココではずいぶん違いも目立ちます。
しかしながら、そういう微妙な部分はそれとして、ロココ様式をわかりやすく説明するために、大胆に大づかみな話をしてまいります。ロココ様式とバロック様式との対照的な部分を整理してみます。以下、言葉の比較でスタイルの概要をイメージしてみてください。
- バロック建築
- 豪壮で華麗
- 男性的
- 躍動的
- 保守回帰的
- 石材の素材色
- 豊穣
- 伝統装飾の編集
- ロココ建築
- 繊細で優美
- 女性的
- 鎮静的
- 耽美的、官能的
- 白塗り、白と金
- 過剰
- 貝殻模様に代表される新たな装飾
後ほど実例をいくつかご覧いただきますが、豪華で雄大なバロックから転じて、ロココ様式は、華やかではありますが目立って繊細で、特徴的な装飾要素を持っています。
その1つが、ロカイユといわれる、ロココの語源と言われる貝殻模様の装飾です。また、 パルメット(ヤシ科)やアカンサス(葉アザミ)など植物の葉もモチーフとして多用され、結果、こうした曲線モチーフに埋め尽くされ、時に官能的で妖しげな雰囲気さえも漂わせる室内がつくられています。
時に過剰とも思えるような豊富な装飾が、「白塗り化粧に金モール」というはっきりとした様相を呈して、それが集合体となって見る者に迫ります。
「バロック」と同様「ロココ」も、言葉が使われ始めた当初は蔑称であったようです。しかしながら今日では、ロココは、豊穣と過剰の間で巧みに綱渡りしているかのような絶妙なバランス上に存在する装飾的建築の一つの極を表現する言葉となっています。
「バロック音楽」と言えば誰でも思い浮かぶのがJ.S.バッハです。これに対し、「ロココ音楽」という用語は聞きませんが、もしそういう言葉があったとすると、もっとも当てはまりそうなのが壮麗繊細優美なモーツァルトでしょう。建築様式の時代分けとも一致します。
ロココ様式の実例
一般にロココ建築の事例として挙げられるのは、室内の風景であることが多いです。それは内観では紛れもなくこの様式であることを明確に説明することがやりやすいのですが、外観上はこの様式に特徴的なものの説明が専門家でも微妙に難しいことによります。
総論的には、さきの音楽の喩えで「モーツァルトを建築にしたような」ものがロココ建築です。モーツァルトの小節(こぶし=装飾音)入りの演奏に似て、本来の装飾要素の上にさらにもうひとひねりを加えた風情があります。
ただ先に述べましたようにバロックとの線引きが微妙ですので同じ建物が、取り上げる研究者によっては、バロックの例として登場したり、ロココの例となったりすることもあります。この点ご承知おき下さい。
(1) ヴィース巡礼聖堂(ドイツ、バイエルン州ヴィース、ツィンマーマン作)
ヴィースはドイツ語で「牧場」。ロマンチック街道の南端、ノイシュバンシュタイン城で名高いフュッセンから20キロほどの位置にあります。外観は瓦葺寄棟複合屋根の比較的おとなしいものですが、打って変わって内部は教会という一般イメージからはあまりにかけ離れた華やかさ、煌びやかさにあふれ、妖艶さすら感じさせます。ユネスコの世界遺産に指定されています。
(2) オットーボイレン修道院聖堂(ドイツ、オットーボイレン、フィッシャー作)
1766年の竣工。他の4例と同様に、修道院という宗教性とこの聖堂内部の色っぽい空間の違和感がなんとも不思議です。
生涯に32の教会、23の修道院を建てたと言われるオーストリアの建築家J.M.フィッシャーの作品です。
(3) フィアツェーンハイリゲン巡礼聖堂(ドイツ、バイエルン州、ノイマン作)
ロココを代表する建築家、ノイマンの代表作。1772年の完成。名前の通り「14人の聖者」が信仰の厚い羊飼いの前に現れたという奇跡の地に巡礼する信者のために作られた聖堂です。
マイン川を見下ろす高地に背後に僧院を控え、周囲を森林に囲まれて建っています。身廊と両脇の側廊という三廊式の平面形式ですが、身廊は巡礼祭壇を囲んで楕円形に膨らませてありそれが大きな特徴となっています。壁面と天井は白いストゥッコ(化粧漆喰)塗りをベースに金、ピンクをアクセントとする信じがたいようなデコラティブな空間となっています。
(4) メルク修道院 (オーストリア、メルク、プランタウアー作)
18世紀初頭の完成ですから、研究者によってはバロックに分類する場合もありますが、外観、内部ともロココの特徴を備えています。
ドナウ川の河岸の岩壁上に建ち、崖に近いところに半円形の翼廊、そして多くの小尖塔をもつ双塔に特徴のあるヨーロッパで有数の美しい修道院です。
禁欲的なはずの修道院建築が、妙に「色っぽい(特に内部)」建築に仕上がっているのは、修道院であると同時に権力者である僧院長のための世俗的宮殿という側面もあったからです。 ロココの時代は、神の教義の超越性について、世の人々が再び懐疑的になり、宗教建築が甚だしく世俗化した時代です。
(5) ツヴィンガー宮殿(ドイツ、ドレスデン、ペッペルマン作)
ベルリンの南、チェコ国境に近いドレスデンにある王様の宮殿。1722年の完成です。一説にはこれもバロックに分類する解釈もありますが、実質的な特徴としてはロココの繊細さが目立ちます。中間的、過渡的な存在であるからと言うことで「バロココ」などという造語がなされたりしています。
この宮殿には、それまでのどこの様式にもなかった不思議な形態にまとめられ、幻想的で繊細な彫像や植物彫刻や紋章が多数飾られています。
ロココ様式を取り入れたホテル
ロココ様式は、お化粧でいえば「ナチュラルメーク」からは一番遠いところにある、厚化粧的、唯美的で装飾性に満ちた、さらには官能的なスタイルといえます。しかし、ホテルという、旅人にとっての非日常的空間、その街の市民にとっての「ハレ」の空間では、このようなスタイルがあることは自然なことのように思えます。
一方、先にご紹介したようにこのスタイルのオリジナルが宗教建築であったことを考えれば、なにやら不思議な、不自然な感じも受けますよね。
いずれにしてもこの様式は、本格的につくろうと思ったら相当に手間ひまがかかります。つまり工事費がかさみます。良いことがわかっていても、実現は必ずしも容易なことではないこと、頭の隅に置いてください。
それでは、世界各地のロココ様式ホテルの実例をご覧いただくことにしましょう。
ホテル ル ネグレスコ(ニース/フランス)
Hotel Le Negresco (Nice, France)
ニースの海岸通り「英国プロムナード」に面するこの街随一の5ツ星ホテル。白壁に茶色のドーム屋根が特徴で、ロカイユに似た装飾要素や変則的な曲線の組み合わせによる造形に特徴があります。内部空間も、たとえばラウンジの内装は白とゴールドのコンビで、こちらもロココです。
エル パレス ホテル バルセロナ(バルセロナ/スペイン)
El Palace Hotel Barcelona (Barcelona, Spain)
グランピア・デ・レ・コルツ・カタラネス通りに位置する5ツ星ホテル。1919年の創業で客室総数は127室。ロココ様式の装飾要素であるロカイユ模様のモチーフが、上層階の際立ったアクセントとなっています。
ホテル ロイヤル サボイ ローザンヌ(ローザンヌ/スイス)
Hotel Royal Savoy Lausanne (Lausanne, Switzerland)
鉄道駅と湖のほぼ中間付近、静かな住宅街に建つ4ツ星ホテル。尖った屋根を見て、一瞬「ゴシック様式」かと思われるかもしれませんが、外見上には尖り屋根以外のゴシック的要素はありません。中央部以外の屋根、壁面、とりわけ低層部の壁面のバロックをさらにひねったようなところにロココの匂いがします。(「典型的ロココ」というわけではありません。)
ちなみにスイスは、前ページでご紹介したドイツと並んで、修道院系建築にロココの遺産の多い土地柄です。
構成・制作監修
栗田 仁(くりた じん)
建築家・東海大学講師。学生時代のヨーロッパ一人旅5週間以来、旅にはまる。世界の終着駅建築、庭園、公共交通機関(とりわけ新世代高性能路面電車LRT)に格別の興味をもっている。著書は世界35の街を描いたエッセイ『街はいつでも上機嫌』(静岡新聞社)ほか。